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2008/01/02 更新
 






2007年12月24日(月)、綾戸智恵 10th Anniversary Tour 2007〜08
2007年12月15日(土)、カウント・ベイシー・オーケストラ ジャパンツアー2007
2007年9月3日(火)、早川隆章&T-Sliding + バート・ファン・リール
2007年1月2日(火)、カウント・ベイシー・オーケストラ

2006年5月13日(土)、Twilight Concert 山木幸三郎&NBI60オーケストラ

2005年10月15日(土)、早川隆章 LITTLE BIG BAND+7
2004年9月25日(土)、早川隆章 LITTLE BIG BAND+7
2003年12月28日(日)、スティービー・ワンダー Japan Tour 2003/2004
2003年12月10日(水)、カウント・ベイシー・オーケストラ”スウィンギン・ジャズ2003”
2003年2月1日(土)、シカゴ 2003
2002年11月27日(水)、アース・ウィンド&ファイアー ジャパン・ツアー2002
2002年11月9日(土)、ありがとう山木さんジャズ・コンサート
2002年10月10日(木)、ウィントン・マルサリス&リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラ
2002年6月14日(金)、マンハッタン・ジャズ・オーケストラ
2002年5月16日(木)、東急ワールドミュージック・スペシャル「Jazz Alive」
2002年4月25日(木)、フィリップ・ベイリー with アース・ウィンド&ファイアー
2002年3月27日(水)、林英哲コンサート2002「澪の蓮(みおのはす)」
2001年10月23日(火)、カウント・ベイシー・オーケストラ
2000年6月18日(水)、マンハッタン・ジャズ・オーケストラ
2000年3月10日(金)、ウィントン・マルサリス with リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラ
 

2007年12月24日(月)、綾戸智恵 10th Anniversary Tour 2007〜08

Xmasイブの午後、長野県民文化会館にて「綾戸智恵;デビュー10周年記念ツアー2007-08」を鑑賞いたしました。
2007年を締めくくるにはホント素晴らしいライブでした。
その彼女の根底にあるもの、それは感謝と愛…、詰め掛けた筆者たちに熱く伝わりました。
この綾戸さんのライブは初めてでしたが、オープニングから彼女のトークと演奏でいつしか魅了され、Ayadoワールドに吸い込まれてしまいました。

バックバンドもバツグン…、ギターの宮野弘紀さん、そのアコースティック・ギターは独自の世界をかもし出しています。
その宮野さん、向井滋春さんのバンドにいらした頃からファンでした。
それからドラムスの小前賢吾さん、多彩なプロフィールをお持ちのようですが、彼のドラミングはまさに意表を突くような感情的プレイ…、感激しました。
世の中広いですね、同じ楽器でも違った音を出すいろいろなプレイヤーがいます…、これこそジャズ!!です。
それから100名ほどのゴスペル合唱団、アノインテッド・マス・クワイヤーにも圧倒されました。
ライブの冒頭、ピアノと綾戸さんのボーカルのみでスタートした「カントリー・ロード」・・・、途中からステージ奥の幕が開きいきなりのゴスペル・・・、それもこれだけの人数でのその歌声は圧巻でした。

アンコールは、4曲くらい演ったでしょうか・・・、ホントにあたたかいコンサート、ハッピー・メリー・Xmas(イブ)のひと時でした。
終演後、PAを通して会場に流れた曲は、カウント・ベイシー楽団の「I Can't Stop Loving You」・・・、そうです、プレスリーがヒットさせた「愛さずにはいられない」・・・、綾戸さんそのものでした。

2008年5月28日、まつもと市民芸術館にて綾戸さんのコンサートがあります。
今回聴き逃した方は是非どうぞ・・・。
http://www.kyodo-hokuriku.co.jp/schedule/kdschevent.php?id=147
 
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2007年12月15日(土)、カウント・ベイシー・オーケストラ ジャパンツアー2007

師走の土曜日…、行って参りました、「カウント・ベイシー・オーケストラ ジャパンツアー2007」。
今回は東京は江戸川区総合文化センターでの公演、ご一緒したメンバーはラッパのM氏、ボントロのM氏、そしてそして…、山木先生と筆者の4人でした。
しかも座席は最前列中央…、まさに管楽器奏者の唾が降りかかる様なポジションであったのです。

そして感想は…、やられました、まさにベイシーは期待を裏切りませんし期待以上の演奏を聴かせてくれました。
この席のお陰で勉強になったことがいくつかありました。
ひとつはバンドのピアニシモの演奏です。
とかく管楽器は小さな音を出すことは結構苦手です。
またベルを下に向けて、さもアクションで小さな音を出しているんだぞ、とアピールしがちです。
しかしベイシー楽団のピアニシモは格別なのです。
音が小さくてもその出ている音は決して死んではいませんし、ラッパなんかいつも通りにベルが上を向いています。
もちろん譜面を殆ど暗記しているので、そのプレイ中は息のスピードだけで強弱をコントロールしているのでしょう。
シェイクだっていつも通りに構えて…、よってフォルテとのダイナミズムはそれはもう素晴らしいの一語です。
よって小さい音になっても決して失わないその音にはスピード感が残っているのです。

もうひとつはプランジャー・ミュートの使い方です。
特に2ndラッパのウィリアム”スコッティ”バーンハートのそのプレイは圧巻でした。
筆者たちは最前列なので、センターマイクでのソロのときその息使いがまともに聴こえましたし、視線も良く合います・・・、もうコーフンです。
一方、2ndボントロのデビッド・カイムは、バーンハートとはちょっと違ったミュートの使い方…、ミュートでベルの全てを覆ってはおりませんでした。
以前何かで読んだのですが、ラッパのウィントン・マルサリスが自己のビッグバンドを結成する際、そのオーディションでラッパとボントロにはプランジャー・ミュートを演らせたそうです。
何故ならば、マルサリスが敬愛するエリントンのナンバーを演るうえで、是非ともプランジャー・ミュートの達人を募る必要があったから、とのことです。
このプランジャー・ミュート…、特にアマチュアのレベルでは大変に難しいです。
今年のヤマノ、
http://www.yamano-music.co.jp/docs/ybbjc/index.html#list
ここでは最優秀ソリスト賞は、学習院大学スカイ・サウンズ・ジャズ・オーケストラのこのコンテストでは珍しく(!?)ボントロのプレイヤーでした。
そのソロはプランジャー・ミュートでのものでした。
筆者は直接そのプレイを聴いてはいないのですが、彼自身、数年間のプランジャー・ミュートの練習を重ねてきたそうです。
筆者は啓発されました・・・、暫くはプランジャー・ミュートを練習することとします。


さてさてその今回の来日メンバーは、
■=リーダー・トロンボーン/LEADER&TROMBONE=
ウィリアム H. “ビル”ヒューズ William H."Bill"Hughes
■=トランペット/TRUMPETS=
マイケル P. ウィリアムス Michael P.Williams
ウィリアム“スコッティ”バーンハート William 'Scotty' Barnhart
アンドレ・ライス Endre Rice
フレディー・ヘンドリクス Freddie Hendrix
■=トロンボーン/TROMBONES=
クラレンス・バンクス Clarence Banks
アンドレ・マーチソン Andrae Murchison
デビッド・カイム David Keim
バリー・クーパー Barry Cooper
■=サキソフォン/SAXOPHONES=
マーシャル・マクドナルド Marshall McDonald
グラント・ラングフォード Grant Langford
ダグ・ミラー Doug Miller
ダグ・ローレンス Doug Lawrence
ジョン・ウイリアムス John Williams
■=ドラム/Drums=
ブライアン・グライス Brian Grice
■=ベース/Bass=
ジェームス・レアリー James Leary
■=ギター/Guitar=
ウィル・マシューズ Will Matthews
■=ピアノ/Piano=
トニー・サッグス Tony Suggs
■=ヴォーカル/VOCALIST=

メルバ・ジョイス Melba Joyce
今年1月2日に軽井沢の大賀ホールで聴いたときのメンバーとは一部異なっていましたが、興味の一番はブッチ・マイルスと入れ替わったドラムスのブライアン・グライスでしょう。
でもこの方も全く期待を裏切りませんでした。
そのプレイは聴衆の視線を釘付け・・・、右手1本の3連符打ちやHeat’s Onでの4拍3連符打ちのオカズ(しかも2回!)は・・・、素晴らしいビッグ・バンドのドラマーでした。

ベイシーバンドは過去の名声を受けて、単にそのパフォーマンスを維持しているだけのバンドでは有りません。
その演奏を通して常にそのステージングは進化しています。
なぜならビッグバンド・ジャズはそのアンサンブルだけではなく、その時その時のソロ・プレイヤーによって素晴らしいステージが繰り広げられているからです。
次回の来日が楽しみです、来年もきっと来てくれるでしょう・・・、また絶対聴きに行きます。
でもベイシー・ファンとしてちょっとの心配は・・・、ビル・ヒューズの体調です。


最後に当日の演奏曲を記しましょう。

■第1部■
Moten Swing 
920 Special
Take The A Train
In A Mellowtone
Who Me?
Easy Livin’
Blues in Hoss’ Flat
Good Time Blues
Lover Come Back To Me (Vocal)
Close My Eyes (Vocal)
Muddy Water (Vocal)
Basie

■第2部■
Warm Breeze
Down For Count
Basie Power
Lil’ Darlin’
Shiny Stockings
Half Moon Street
Heat’s On
Sweet Georgia Brown (Vocal)
Please Send Me Someone to Love (Vocal)
All of Me (Vocal)
Jumpin’ At the Woodside

Splanky(encore)
 
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2007年9月3日(火)、早川隆章&T-Sliding + バート・ファン・リール

新大久保のスペースDoにてトロンボーン奏者、早川隆章御大が率いる「早川隆章&T−Sliding」のライブに出かけました。
御大とは3ヶ月ぶり…、三塚さんや橋本さん、そして西田さんとは、昨年の5/13、志賀高原の熊の湯ホテルでの「Twilight Concert 山木幸三郎&NBI60オーケストラ」以来に再会しまして、そしてそして!!スペシャル・ゲストのBart van Lier(バート・ファン・リール)さんのプレイもしっかりと聴いてまいりました。
1950年オランダ生まれのバートさん、早川御大も初めてお会いしたそうですが、そのプレイは圧巻…、8分音符と3連符で唄うソロでボントロ特有の「ごまかし」フレーズ(!?)はまったく有りません…、そして何よりもそのフレーズがメロディック、加えてペダルノートからFくらいまでのハイノートをいとも簡単にコントロール…、どんな唇をしているのでしょうか?とも思う演奏に度肝を抜かれました。

その会場には三塚さん率いる「STEP」の中雅志さんや朝里勝久さん、そして「ジョイフル・ブラス」の苅込博之さんなど、若手トロンボーンプレイヤーがたくさん…、皆さんバートさんを聴きに来ていたんですねぇ。

ここで余談…、「ジョイフルブラス」の苅込さんからPRです…、「ジョイフル・ブラス」の譜面が販売されました…、とのことです。
詳細はこちらをご覧ください、アンコンなんかで演ればきっとびっくりされるでしょうね。

最後に、ライブ後、会場で買い求めたバートさんのCDにご本人からサインを頂きましたが、ここでびっくり…、サインを左手でしていました…、つまりバートさんは左利きなのに楽器は右利き…、それであのプレイ…、驚きました。
また機会があれば聴いてみたい・・・、大満足のライブでした。
 
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2007年1月2日(火)、カウント・ベイシー・オーケストラ

当初2006年のベイシーはツアーは、12/20の名古屋ブルーノートを皮切りにして、以降大阪ブルーノート、そして12/31はブルーノート東京で終了という行程でした。
とりわけブルーノート東京では、その最終公演のセットが12/31深夜から1/1早朝までの、所謂カウントダウン・コンサートであったようです。
そのベイシーオーケストラが、1/2に軽井沢町の大賀ホールでコンサートをする、というビッグニュースが飛び込んだのは確か11月になってからだったと思います。
その地元新聞のニュースを見たHBJOのM氏、そしてそれを聞いた私筆者も「本当に? 長野で? 軽井沢で? 嘘だろー」というところが最初の偽りのない気持ちでした。
ですがそれは現実であったのです。
さっそくネットでチケットを買い求めてそのチケットが手元に届いた時点で、もはや師走の喧騒はどこへやら、1/2が待ち遠しく(!?)年末を過ごしました。

そして1/2のこの日、M氏の車にHBJOから6人と須坂のバンドの方が1名、お屠蘇気分を弾き引きづりながら(笑)演奏会場へ向かい、現地ではHBJOのラッパ隊のM氏とそのご息女、そして松本Joy Swing Jazz OrchestraのS氏と合流しました。
さてその会場となった大賀ホールは、ソニー株式会社の名誉会長である大賀典雄氏が軽井沢町に寄贈した音楽専用ホールです。
なるほど、確かに周辺の環境もよく、ホールのデザインもその造りも大変に良いものでした。
五角形の形をしたそのホールは客席の配置もユニークです。
ステージの横にも客席があり、また2階のクロークは立見席という何とも一風変わった会場でした。
そしてホールの外通路ではブルーノート東京の提供によるワインやビールの販売、いやぁほろ酔いで演奏聴くのは実に良いものです。
ですがこのホールでのジャズのビッグバンドは、その音という観点ではいかがなものかと思いました。
やはり、ホールの特性でその音の残響によるものなのか、ビックバンドを聴くにはちょっと不向きかなというのが結論です。
しかし運営にあたられた主催の軽井沢町の方々や、前述ブルーノート東京のスタッフ、そして「私、こいういうビッグバンドが好きなんですよ」と言ってボランティアで会場係員をされる方々のご尽力により、ベイシー楽団の演奏は初っ端から前開フルパワーでした。

さてそのメンバーですが、筆者が伺った2003年10月の文京区シビックホールでのメンバーとの入れ替えはリードアルト以外は有りませんでした。

つまりはウィリアム H. “ビル”ヒューズが2003年にリーダーとなって以来、気心知れたメンバーでの再来日ということだったのです。

=リーダー・トロンボーン/LEADER&TROMBONE=
ウィリアム H. “ビル”ヒューズ William H."Bill"Hughes

=トランペット/TRUMPETS=
マイケル P. ウィリアムス Michael P.Williams
ウィリアム“スコッティ”バーンハート William 'Scotty' Barnhart
ショーン C. エドモンズ Shawn C. Edmonds
アンドレ・ライス Endre Rice

=トロンボーン/TROMBONES=
クラレンス・バンクス Clarence Banks
アルビン・ウォーカー Alvin Walker
デビッド・カイム David Keim
バリー・クーパー Barry Cooper

=サキソフォン/SAXOPHONES=
マーシャル・マクドナルド Marshall McDonald
グラント・ラングフォード Grant Langford
ダグ・ミラー Doug Miller
ダグ・ローレンス Doug Lawrence
ジョン・ウイリアムス John Williams

=ドラム/Drums=
ブッチ・マイルス Butch Miles

=ベース/Bass=
ジェームス・レアリー James Leary

=ギター/Guitar=
ウィル・マシューズ Will Matthews

=ピアノ/Piano=
トニー・サッグス Tony Suggs

=ヴォーカル/VOCALIST=
メルバ・ジョイス Melba Joyce

そして演奏曲目は、歴代のヒット・パレードとも言うべきラインナップ、以下順不同ですが、思い出す限りの当日演奏されたナンバーを御紹介しましょう。

・Corner Pocket
・Discommotion
・In A Mellow Tone
・Jumpin' at the Woodside
・April in Paris
・The Wind Machine
・Shiny Stockings
・Lil Darlin'
・One O'clock Jump
・Blues in Hoss'Flat
・Easy Living
・Whirly Bird   他

(Melba Joyceのボーカルを迎えて)
・Lover, Come Back to Me
・Sweet Georgia Brown
・All of Me   他
演奏内容は…、最高でした!!!
ベイシー楽団はベイシーの生前はもちろん、没後、サド・ジョーンズやフランク・フォスター、そしてグローバー・ミッチェルがリーダーとして率いた頃によりそのノリやサウンドは全く異なります。
筆者にあってはベイシー生前の新宿厚生年金での…、そう、ラッパのソニー・コーンやピート・ミンガー、ボントロのアル・グレイなどのスターがいた頃の演奏も好きでしたし、でも「今のベイシー」も大好きです。
結局はこうして我々聴き手に感銘を与え続ける限り、そしてベイシー楽団がその期待以上の快演を聴かせてくれていることにより、それがベイシー翁の遺志として我々に感銘を与えるのではないでしょうか。
また別の意味でも、ドラムスのブッチ・マイルスとリードラッパのマイケル P. ウィリアムスがもう何年も
一緒に演っていることも有り、まさしく現在のベイシー楽団の色を決定付けていると思われます。
そのブッチ・マイルス…、今年で御歳63才なのですが、なんともその銀髪を振り乱しての演奏は、聴き手の視線をいつの間にか引き付けているのに気づきます。
こうしてブッチ・マイルスは、もはやベイシー楽団には欠かせないプレイヤーであるのは明らかですし、当然聴き手もそのプレイを期待して会場に詰め掛けているのですから…、やはりビッグ・バンドの花形はドラムスとリード・ラッパ、そしてソリスト…、ということになります。

さてこの日の珠玉の演奏は…、と聞かれたら、ビッグバンド経験者10人のうち9人くらいまでは、「それはLil Dalin'」と応えるでしょう。
筆者も全くの同感です。
その素晴らしさは、テーマの3拍目と4拍目にあります。
これはここに書いても唄ってお聞かせしてもその全てを伝えることは困難です、あの場で聴いた方々しか分かりません。
強いて申せば、それは「遅い」ノリではなく「重く、後ろノリ」で吹くことなのです。
アマチュアでは、ホーンセクションはどうしてもリズム隊とのタイトな関係を望みがちですが、ことベイシー・ミュージックにあっては、リズムよりも重めに吹くこと(決して遅れているのではない)でその雰囲気が出るのです。
これはこの会場に来れなくてもベイシーのCDを聴き漁れば分かります。
ですのでCDを聴くことは非常に大切です、とくにベイシーに限っては…、と思います。
しかしながら当日会場に行った私たちのCDで知っていたフィーリングとこの日のLil Dalin'は全く違うのです!!
こんなところにもベイシー楽団の魅力があり、その魅力が続く限り…、次回の日本公演が楽しみです。

その演奏途中、定番のパフォーマンス(!?)がありました。
ベイシーのステージを見たことがある方はご存知のことでしょう!!
ひとつは「ワン・オクロック・ジャンプ」の最後のピアノソロで、『カウント、ベイ、シー』と掛け声をかけること…、いつもは学生バンドの連中がやるのですが、ことこの軽井沢の地で、しかも客層から見てベイシーのメンバーはこれを予想していたでしょうか?
それがステージから8列目の筆者たちからこの掛け声が飛んだので、メンバーはこっちをみて驚いたような様子…、してやったりでした。(ホントは迷惑だったのかも!?)
この「ワン・オクロック・ジャンプ」は前半のみならず後半のステージでも、つまりバンドテーマのように演奏され、後半ステージではボーカルのメルバ・ジョイスおばさん(!?)もやってました。

そしてもうひとつは「エイプリル・イン・パリ」のエンディングが終わって…、通常はリーダーのウィリアム H. “ビル”ヒューズがマイクに向かって『ワン・モア・タイム!』と言うのですが、何とこの日はそれまで僅かではありますが「間があったため」、しっかりと筆者が叫んでしまいました。
するとウィリアム H. “ビル”ヒューズは「really(ホントかい)? one more time?」と…、あちゃしまった、しっかりと聞こえてしまったぁぁ、と悔やむまもなくウィリアム H. “ビル”ヒューズは「本当」に「one more time」と言って再度エンディング演奏を…、いやいやビックリし感激もしました。
これらはベイシー・ファンならお馴染みのライブでのこの光景なんですけどもね…。

さて終演、アンコールがなかった!!のは非常に残念でしたが、楽器を残して控室に戻っていったメンバーを私たちはしつこく(!?)ステージ脇で待ちました。
その甲斐あってか、ラッパ隊M氏のご息女は、ステージまで上がってプライベート服に着替えてステージに戻ったベースのジェームス・レアリーと写真を撮ったりサインを貰ったり…、私たちはリードラッパのマイケル P. ウィリアムスに声をかけて彼の楽器を見せていただきました。
それは大変年季の入ったカリキオのラッパでした。
「詳しくはウェブサイトを見てね…」と教えていただき、「以前文京区のシビックホールでお会いしていますが…」と『片言(ホントに断片的な変な英語)』で言うと「ありがとう、また会おう」と言ったくれたような…。
実際の場になると片言の英語も出てこない自分に情けないながらもまたまた感激の瞬間でした。
ベイシー楽団、感銘をありがとう、またお会いできる日を楽しみにします。

←片付けにステージに戻ったバンドメンバーたち。 ←譜面台。ベイシー楽団のロゴがとてもいい。
 
←ブッチ・マイルスのタイコ・セット。 ←ステージ脇の客席から見たバンドのセッティング。
 
←ベイシー楽団の譜面入れケース。
(紙製なのか?黒いガムテープで補修している。)
←ベースのジェームス・レアリーとラッパ隊のM氏のご息女たち。
 
←演奏終了後、CDにサインをしているブッチ・マイルス。
(実はサインをしているところに声をかけたので驚いた様子)
←サイン会での手前ブッチ・マイルスとリーダーのウィリアム H. “ビル”ヒューズ。
 
←サインをして貰った女性とブッチ・マイルスの2ショット。
 
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2006年5月13日(土)、Twilight Concert 山木幸三郎&NBI60オーケストラ

当HBJOの音楽監督である山木先生のビッグバンド、「山木幸三郎&NBI60オーケストラ」が長野県志賀高原の熊の湯スキー場にある熊の湯ホテルにてコンサート・ライブを行いました。
筆者がこのホテルに着いた午後2時の直前に、ご一行様も東京から5時間をかけて貸し切りバスで到着したようです。
ホテルの入り口でさっそくお会いしたのはベースの和田さん・・・、いつも気さくな良い方です、筆者たちは和田さんから握手を求められて感激っ!!

この熊の湯ホテルは宿泊料金が1泊2食で13,500円・・・、今回コンサートの宿泊を含めた料金が14,500円でしたので実にリーズナブル・・・、それもこれも今回のコンサート・ライブをプロデュースされた軽井沢在住の北沢さん、そして実行事務局の美谷島さんがスポンサーを獲得していただいた結果によるものです。
このような機会に恵まれた私どもはただひたすらに感激と感謝っっ!!・・・、です。
美谷島さんのブログはこちらをご覧下さい。

さて筆者は、ホテルに入るとすぐに4階の山木先生のお部屋へ伺いご挨拶・・・、そして持参したお酒を冷蔵庫へ・・・、次に隣室のボントロ隊の部屋へ・・・、早川隆章さん、橋本佳明さん三塚知貴さん西田幹さんと再会いたしました。
この日筆者は、かねてから早川さんが「一度吹かせてよ〜」とおっしゃっていた、オークションで落札したビル・ワトラスの鑑定書つきライトウェイトスライドのBack16MGBを持参しました。
さっそく楽器の話から始まりあっという間に午後3時半のリハーサルタイムに・・・。
この楽器、ちょっと吹いてみた早川さん、「少し前のBackがいい時の音がする、んんん・・・、これ売ってよ!」・・・、私には分かりませんが、沢山のいろいろな楽器を知っているプロが吹けば流石にいい楽器って言うのが分かるのでしょうね。
結局その翌日、早川さんはこの日コンサート用に持ってきたキューンル&ホイヤーのスターリングシルバーベルにゴールドプレート仕上げした「デーハ」なボントロと共に、大事そうに抱えてお持ち帰りになりました。
ん?お値段??? またお会いした際に決めましょう。

さてコンサート会場はホテルから徒歩5分、スキー場ゲレンデにあるレストラン「ベルトール」です。
ここ熊の湯のゲレンデの営業は明14日までとかで、ゲレンデには名残惜しい沢山のスキーヤーがおり、あらためて今年の雪の多さには驚きでした。
さて会場では、NBI60オーケストラのために当HBJOの譜面台が並び、そして録画には森岡さん・・・、いつも山木先生のコンサートを映しまくっているプロ用機材を持っていらっしゃるアマチュアのビデオカメラマン・・・、とも再会しております。
さっそく今回のライブの模様を後日DVDで頂く手筈に致しました。

さてその「山木幸三郎&NBI60オーケストラ」のバンド・メンバーは、

A.Sax;猪目慎一、海付豊
T.Sax;川村祐司、右近茂
B.Sax;森川信幸
Trumpet;菊池宏、鈴木正晃 、(3番4番は不明)
Trombone;早川隆章、橋本佳明、三塚和貴、西田幹
Piano;高野潔
Bass;和田弘志
Guitar;山木幸三郎
Drums;坂田稔
のそうそうたるメンバーでした。
そして演奏曲目は、事前の案内ではダンスも出来るジャズコンサートとうたわれていたこともあり、グレン・ミラーの曲、そして日本情緒たっぷりの曲が中心でした。
ですが大半の曲が山木先生の新アレンジによるもので、そのアレンジたるやご機嫌でした。

◆山王音頭 ・・・ 一昨年、山木先生が日枝神社に奉納した曲。その時に踊った踊りのお師匠さん方も全国から参集し、賛助出演しました。
◆信濃の国 ・・・ 長野県歌がデキシー風な4ビートジャズにアレンジされていました。オドロキの1曲。
◆ムーン・ライト・セレナーデ ・・・ ボントロ隊によるテーマが印象的。
◆茶色の小瓶 ・・・ テーマは3拍子、アドリブになって4ビート。ダンスの方々への影響はなかったみたい(!?)です。
◆タキシード・ジャンクション ・・・ HBJOが頂いたアレンジとは別。堂々のメジャーでのアレンジでした。
◆真珠の首飾り ・・・ これまた山木ワールドのアレンジ。
◆イン・ザ・ムード ・・・ 筆者にとってはこの曲のアレンジが一番の驚き!! エンディングでのベース音がフラットしマイナー・コードにチェンジ、そしてまた半音上がってメジャーに、またまた半音下がってマイナー、最後は半音あげてメジャーに。
一度演奏してみたいですね。
◆月の砂漠 ・・・ HBJOのアレンジと同じ。
◆宵待草 ・・・ HBJOのアレンジと同じ。
◆遠くへ行きたい ・・・ 山木ワールドの新アレンジ。
◆悲しい酒 ・・・ 美空ひばりの名ナンバー。3拍子にアレンジされており、ここでは4番ラッパのソロが素晴らしかった。
◆クライ・ミー・ア・リバー ・・・ HBJOのアレンジと同じ。
◆グッドバイ ・・・ ベニー・グッドマンのナンバーを山木ワールドでアレンジ。
◆イン・ア・センチメンタル・ムード ・・・ HBJOのアレンジと同じ。テナーの川村さんをフィチャー。
◆その他
これらの曲の本番は夕食を挟んで午後7時30分から開始され、ラストナンバーが終わったのは午後9時半を回っていました。
このコンサートの模様はこちらをご覧下さい。

さて終演後は山木先生の部屋で宴会!!
筆者らがお邪魔をしたときは、既にリード・アルトの猪目さんとバリサクの森川さんがいらっしゃいました。
このお二人、ユニークで楽しい方々でした。
会話と共に持ち込んだお酒が進みます。
そしてもう一人、宮本さんというレコーディング・エンジニアの方が・・・、この方とても素晴らしい方です。
山木先生に関係して録音をされてきているらしいのですが、山木先生が信頼するところは必ず「生(ナマ)のバンドの音」を聴きに来ていて、それを忠実にPAや録音に反映されている方とのことです。
とかくこのご時世、PAの方々はとかく今風の音にしたくなりますが、やはり管楽器の柔らかいハーモニーを再生できるような耳と感性を持っていただきたいものです。
その点、この宮本さんのお話は素晴らしいものでした。

そしてそして・・・、この「山木幸三郎&NBI60オーケストラ」は、録音CD化の話があるようです。
プロデューサーの北沢さんのご尽力でスポンサーの獲得が出来ており、録音会場は岡谷市のカノラホールだとか・・・、また来年の「山木幸三郎&NBI60オーケストラ」のコンサートも内定しているようでして、次回は長野市内でもこの音を聴くことが出来るかもしれません。
そんな何だかんだでこの宴会には途中から早川さんが率いるボントロ隊が加わって・・・、「もう寝よう」となったのは午前1時を過ぎていました。
翌朝の出立は8時半!!
「山木幸三郎&NBI60オーケストラ」の皆様、お疲れ様でした。

【追伸】
早川さんよりひとつお知らせです。
今年も岡谷市のカノラホールでの「緑と湖のまち音楽祭」で、「早川隆章 LITTLE BIG BAND
+7」のコンサートがあります。
期日は10月14日(土)です。期待いたしましょう。
 
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2005年10月15日(土)、早川隆章 LITTLE BIG BAND+7

緑と湖のまちふれあいフェスタ第2回「緑と湖のまち音楽祭」の「早川隆章 LITTLE BIG BAND
+7」コンサート、はるばる岡谷市のカノラホールまで行ってきました。
昨年は中ホールでしたが、今年はパワーアップ、大ホールでの催しです。
私、何故かしら今宵コンサートの開演時間を間違えており、なんと開場1時間半前に到着してしまいました。
暇していてはと思いさっそく早川さんに電話・・・、すると会場の外でお食事中・・・、電話口の早川さん「うん今食事中、でね、三塚と一緒なんだけど、今年も山崎さんが来てくれるかなぁて話していたとこだったんだよ・・・、あとで楽屋で会おう」
あつかましくもその後、楽屋まで行きました。
そこにはラッパの伊勢さんがいらっしゃいました、そして御大の早川さん、そして三塚知貴さん、少し遅れて橋本佳明と西田幹さんが戻ってきました。
ここにトロンボーン隊が勢ぞろいです。
そして談話・・・、昨日エイト・サーティーのA氏のトラで茅野市民館でのライブに行ったら、全部初見で吹かされた・・・、という話から延々と30分程度居座りました。
ここで気づいたこと、プロは本番前は練習していません、せいぜい楽器のメンテナンスや譜読み程度です、リラックスが一番なのでしょうね。

さてコンサートは昨年と同様、前半が10人編成のリトル・ビッグバンド、休憩を挟んで後半が17人編成のビッグバンドでした。
残念だったのはベースの和田さん、リード・ラッパの菊池さんがいなかったこと・・・、でも替わって演奏されたメンバーも大変なもの・・・、感激しました。

後半のゲスト・プレイヤーには、ラッパ・セクションに岸義和さん、伊勢秀一郎さんが加わります。
前半のリトルビッグバンドの河東伸夫さんと加えて、これら個性的なソロイストが3人もラッパセクションにいると・・・、楽しいです、凄いです。
なかでも岸さん、お久しぶりでした、以前お会いしたのはもう20年以上前です。
最近、初のリーダー・アルバムを発売されたりとご活躍の様子は存じ上げていました。
これからもまだまだその艶やかな音色で私たちを魅了してください。

そしてトロンボーン隊、早川さんを含め現役のバリバリの方々ばっかりなので・・・、それはもうご機嫌でした。
忘れていました、三塚さん、ホントお久しぶりでした。
今度は長野にもいらしてください、お待ちしています。
それからそれから・・・、ご結婚、おめでとうございました。

この方を忘れてはいけませんね、アルト・サックス&クラリネット奏者の近藤淳さんです。
今回は特にクラリネットに魅了されました。

最後に御大、早川さん・・・、若いですね、羨ましいです。
MCも楽しいです、お人柄がそのまま出ていて観客をあっという間に引き付けてしまいます。
そしてトロンボーンの奏法では思い知らされました・・・、「星に願いを」でのソロを聴いていて、「トロンボーンの命はリップスラー」であることを。
筆者はまだまだです、練習しまぁす。

ということで、早川さん、また来年も来て下さいね、お待ちしています。
それからこの企画をされたカノラホールの方々、素晴らしい機会を与えていただきまして感謝申し上げます。
最後に、会場で行き会った松本、岡谷、茅野のバンドの方々、これから単独コンサート等たいへんですが頑張ってください、応援しています。
もうひとつ、岡谷のS君、養生して早く回復してください。
 
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2004年9月25日(土)、早川隆章 LITTLE BIG BAND+7

行ってきました、岡谷市のカノラホールでの「緑と湖のまち音楽祭」。
今宵25日は「早川隆章 LITTLE BIG BAND
+7」コンサートでした。

例によって(!?)開場前に楽屋へ・・・、そこで早川さん、三塚さんに行き会いました。
久しぶりの三塚さん曰く、「12月に5トロンボーンでCDを出すんだけど、そこで全国ツアーをしたい。長野で大きいライブハウスは有りませんか?」 ⇒(私)「うむむ、4つものですか? 8つものですか? 8つものならやっぱりホールじゃなくてお酒が飲めるとこがいいでしょう。そしたらナマピ(グランドピアノ)があって・・・、とすると『B●▲▲■』くらいかなぁ・・・」、長野公演、期待しましょう。
それからお持ちだった楽器・・・、ん〜、ドイツの何とかというメーカーのもの、左手の親指がかかる部分に特徴があり、スターリングシルバーベルでとても綺麗な楽器です。何やら今はキングの3Bを探しているとか・・・。

さて会場ではHBJOのO市在住のS氏夫妻・・・、エイト・サーティーやサウス・スウィング、ソー・ナイスと言った県内ビッグバンドの方々に行き会いました。やっぱり皆さん聴きに来たのですねぇ。
そしてpm7:00、まず10人編成の「早川隆章 LITTLE BIG BAND」のステージが始まる。
あれぇ、ベースは和田さんじゃないですか。
久しぶりに『ウラの音がある』ベースランニングを聞かせていただきました。【感激その1】
そのほかの方々も実力者揃い、ラッパの河東さん、アルトの近藤さん、流石でした。
特に河東さん、細かいフレーズでもきちっとタンギングしていましたし、それよりも何も音がいい・・・、【感激その2】です。
演奏曲は『枯葉』や『Walkin'』、『雨に濡れても』等々、スタンダードナンバーでした。
会場で渡されたパンフには、「1950年代に年代にアメリカ西海岸で隆盛を極めた明るくて軽快・お洒落な「ウェスト・コースト・サウンド」を手本として、よりモダンでさらに幅の広い演奏を追求しています」とありました。確かにサウンド自体は東海岸とは異なった白人系の、言わばあっさり系ジャズです。リーダー、早川さんのお人柄そのままのような気がします。
その早川さん、プレイもさることながら「トーク」が上手いですね、笑いありのその話し方にはいつしか聴衆が引き込まれていきます。

休憩時間、カノラホールは全館禁煙とのことで1階東側のエントランス外でタバコを・・・。
そこにはバンド・メンバーの顔も・・・。
迷わずベースの和田さんに声をかけましたら、なんとチョー感激、私のことを覚えていていらっしゃいました。
そしてタイコの八木さんとも会話・・・、来週29日はブルーノート東京でベイシー楽団・・・、ブッチ・マイルスを聴きにいくそうな・・・、楽しい方でした。
それから今回の演奏曲はブルーコーツの譜面が多いそうな、そういえば『雨に濡れても』なんて学生時代に演ったことがあります。

2部のスタート。「LITTLE BIG BAND」に7名のゲストが加わる。ここにトロンボーンの橋本さん、三塚さん(お二方とも早川さんの門下生です)と熱帯ジャズ楽団で活躍しているバストロの西田さん、それからそれからラッパの伊勢秀一郎さんなどが加わりました。
この伊勢さん、いいですねぇ。シブイです。【感激その3】でした。
演奏曲は、グレン・ミラーの『ムーン・ライト・セレナーデ』、エリントンの『Aトレイン』、ベイシーの『コーナー・ポケット』や『シャイニー・ストッキングス』等々。
途中でトロンボーン隊をフィーチャーした『ジャスト・フレンズ』・・・、内堀勝さんのアレンジですね。
流石に早川さんとその門下生のボントロ隊、ご機嫌でした。
それからメンバー紹介の折りに、早川さんが「離したくない素晴らしいリードラッパ」と言われていました菊池さん、私もそう思いました。どしっと構えて目立たないけどきちっとリードの仕事はしている・・・、という真摯なスタイルが私にも伝わってきていました。

そして最後の【感激その4】。
それはカノラホールのスタッフ、照明やPAの方々、そして「早川隆章 LITTLE BIG BAND
+7」の良くぞここまで参集していただいたバンドのメンバー、そして詰め掛けた満員のお客様・・・、一体となった素晴らしいコンサートでした。
もひとつ【感激その5】・・・、入場料大人1,000円はたいへんにお得でした。

【第1部;早川隆章 LITTLE BIG BAND】
Tp;菊池宏、河東伸夫
Tb;早川隆章
A.Sax;近藤淳
T.Sax;今尾敏道
B.Sax;鈴木圭
Pf:板垣光弘
Gt:奥田茂雄
Bass:和田弘志
Dr;八木秀樹
 
【第2部;早川隆章 LITTLE BIG BAND+7
Tp;菊池宏、河東伸夫、菊池成浩(ゲスト)、伊勢秀一郎(ゲスト)
Tb;早川隆章、橋本佳明(ゲスト)、三塚知貴(ゲスト)、
B.Tb;西田幹(ゲスト)
A.Sax;近藤淳、緑川英穂(ゲスト)
T.Sax;今尾敏道、庵原良司(ゲスト)
B.Sax;鈴木圭
Pf:板垣光弘
Gt:奥田茂雄
Bass:和田弘志
Dr;八木秀樹
 
4Tromboneのフィーチャーによる「Just Friends」
 
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2003年12月28日(日)、スティービー・ワンダー Japan Tour 2003/2004

スティービー・ワンダーは7年振りの来日である。
自分にとっては、かねてから是非とも一度は観たいアーチストの一人であった。
よって年末の慌しさのなか・・・、行ってきました。

公演場所は埼玉県さいたま市の「さいたまスーパーアリーナ」。
長野新幹線で大宮駅まで行き、そこから京浜東北線で一駅、さいたま新都心駅で下車、徒歩10分程度のところにある。
この会場は、コンサートやK−1などの格闘技、アメフトやバレーボール、バスケット・ボールなどに使用される言わば多目的ホールである。
そしてここには「ジョン・レノン・ミュージアム」が併設されている。
シアターや展示コーナー、グッズ売り場などがある。
またアリーナの手前には「けやき広場」というゾーンがあり、開演まで1時間少々あった我々はその一角の居酒屋でビールを頂く・・・。

さあ、いざ会場へ・・・、むむむ、なんと大きい!!!
公演会場の関係者に聞いたところ、この日の公演は15,000人の入場者とか・・・。
もうドーム球場みたいであった。

我々の隣には我々より5分遅れで四方田さんとそのご息女が到着。
なんでもこのご息女、ダンサーをしてたことがあるらしく、ayuのバックで踊っていたことがあるらしい。
そんなこともあってスティービーの公演は楽しみであったようで、仕事を早退して会場に来たらしい。

そんな中、予定より10分程度の遅れでスティービーが登場。
むろんこんな大きな会場なので持参した双眼鏡が威力を発揮した。
舞台はスティービーのピアノがセンターで、客席集面を向いてシンセ、バックはバンドのリーダーと思われるベーシスト、ドラムス、パーカッション、シンセ奏者の各々1名ずつと、コーラス(男声1人、女性3人)、そしてホーンにアルトとラッパ、合計11名であった。

演奏曲はヒット曲も交えて行われた。
ハイヤー・グラウンド、愛しのアイシャ、イズント・シー・ラブリー、迷信、パート・タイム・ラバー、マイ・シェリー・アムール、サー・デューク、フィール・ザ・ファイア、ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ、オーバージョイド、心の愛・・・等々。。。

感激したのはスティービーのハーモニカ・・・。
彼とトゥーツ・シールマンスを聴くとハーモニカを吹きたくなる。。。、これは私だけではないはずだ。

こうして午後6時を少し回った頃に終演。
我々は四方田さんらと共に大宮駅へ・・・、そして東口に降り立ち居酒屋へ・・・。
そこで四方田さん曰く、「タイコ、上手かったねぇ、若いヤツなのにたいしたもんだ」
私はベースが上手いと思った。
何よりもスティービーの音楽を理解しており、彼の低音の支えはあのバンドの骨格であると思う。
・・・ほろ酔いの我々は20時過ぎの新幹線で長野に帰った。
 
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2003年12月10日(水)、カウント・ベイシー・オーケストラ”スウィンギン・ジャズ2003”

ベイシー生誕100周年を来年にひかえ、それを記念した世界ツアーとして日本での公演が皮切りである。
このベイシー楽団、それはビッグバンド・ジャズを愛するものにとって「永遠のアイドル」である。
2001年10月以来の来日ステージ、前回と同様、私とM氏が鑑賞してきた。

残念なのは前回来日時にリーダーとしてバンドを率いてきていた「グローバー・ミッチェル」が本年8月に逝去したこと。
ドラムスにブッチ・マイルスを呼び戻すなど、往年のベイシー楽団の音を復活させた大功労者であっただけにその死を悼みます。
そして今回は、同じくトロンボーン奏者の「ビル・ヒューズ」氏がその遺志を引き継ぐことになった。

さて会場は・・・、東京都文京区の文京シビック・ホール
地下鉄大江戸線春日駅の上、東京ドームの北側に位置する。
ホールは1階、2階より上は区役所のようであった。
会場に着く前に御徒町で一杯飲んだたため、ホール入りするなりトイレへ・・・。
そこですれ違ったのは評論家の瀬川先生・・・。
バンドを代表して挨拶申し上げました。

また会場には私の後輩の現役諸君が・・・。
このコンサートは学割があるらしく、他にも学生ビッグバンドの連中とおぼしき者たちを見かけた。

さて今回のメンバーは、
=リーダー・トロンボーン/LEADER&TROMBONE=
ウィリアム H. “ビル”ヒューズ William H."Bill"Hughes

=トランペット/TRUMPETS=
マイケル P. ウィリアムス Michael P.Williams
ウィリアム“スコッティ”バーンハート William 'Scotty' Barnhart
ショーン C. エドモンズ Shawn C. Edmonds
アンドレ・ライス Endre Rice

=トロンボーン/TROMBONES=
クラレンス・バンクス Clarence Banks
アルビン・ウォーカー Alvin Walker
デビッド・カイム David Keim
バリー・クーパー Barry Cooper

=サキスフォン/SAXOPHONES=
ジョン・ウイリアムス John Williams
ダグ・ローレンス Doug Lawrence
ダグ・ミラー Doug Miller
ジョン・ケルソン John Kelson
マーシャル・マクドナルド Marshall McDonald

=ドラム/Drums=
ブッチ・マイルス Butch Miles

=ベース/Bass=
ジェームス・リーリ James Leary

=ギター/Guitar=
ウィル・マシューズ Will Matthews

=ピアノ/Piano=
トニー・サッグス Tony Suggs

=ヴォーカル/VOCALIST=
クリス・マレル Byron Christopher Murrell
とほぼ前回と同様のメンバーであった。
でもテナーの名手、「ケニー・ヒング」が来ていないのが残念といえば残念。
しかし代わって来日したダグ・ミラーはケニー・ヒングに劣らない名手であった。
そして「役者」は他にも・・・。
ラッパのウィリアム“スコッティ”バーンハート、ベースのジェームス・リーリ、ドラムスのブッチ・マイルス・・・。
ベースのジェームス・リーリは例によってソロではセンターに出てくる。むろんベースを弾きながら・・・。
最後はやっぱりブッチ・マイルス。
彼の金髪を振り乱してドラムスを叩く様子は、観客に強烈な印象を与える。
ブッチ・マイルスの特徴は抜群の安定感と曲に対する理解度の深さがある。
やはり彼なくしてベイシー楽団を語ることは出来ない。

そして演奏曲は、以下M氏のメモより・・・
  【1部】
1 シャイニー・ストッキングス
2 スイート・ジョージア・ブラウン
3 ベイシカリー・ユアーズ
4 コーナー・ポケット
5 ディスコモーション
6 デュエット
7 エヴリデイ・アイ・ハヴ・ザ・ブルース(vo)
8 スカイラーク(vo)
9 ?(vo)
10 ?(ジョン・ウイリアムスの作曲)
11 ワン・オクロック・ジャンプ

  【2部】
1 ウインド・マシーン
2 リル・ダーリン
3 ウェイ・アウト・ベイシー
4 ドラム・シング
5 ??ブルース(? vo)
6 プリーズ・ビーカインド(vo)
7 ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー(vo)
8 ベイシー
9 ワン・オクロック・ジャンプ
10 スプランキー(アンコール)
この曲が並べばもうお分かりだろう。
フランク・フォスター、サド・ジョーンズ、サミー・ネスティコ、フレディ・グリーン、そしてアーニー・ウィルキンスと、ベイシー生誕100年を祝うべくベイシー楽団の誇るアレンジャーたちの曲である。
言わばベイシー楽団のヒット曲である。

1部と2部の休憩時間、私たちの席(11列)前の観客に英語で語りかける方が・・・。
なんとリード・ラッパのマイケル P. ウィリアムスであった。
「へぇー、割と小柄なんだな」と思いつつ、私はM氏が会場で購入したパンフを取り上げサインを貰った。
ところでホントはサインがほしいとき、なんて英語で言うんだろ?
前回のケニー・ヒングからのサインもそうだったが、このくらいの英語は知っておきたい。

終演は9時を回った頃・・・、もう2・3曲聴きたいと思ったのは私だけではなかっただろう。
 
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2003年2月1日(土)、シカゴ 2003

我が青春のアイドル、そして私の音楽の原点・・・シカゴ・・・、ブラスロックは健在でした。
講演会場はアース・ウィンド&ファイアーに続いての東京国際フォーラムAでした。
動向の相棒はまたまた、まっちゃんです。

さてデビュー35年の彼らなのに、会場は若いファンが少なくありません。
アースみたいに最近ヒット曲があったっけ????
最近のヒット曲は・・・それでも10年くらい前の「素直になれなくて」じゃないかな? そのボーカルは退団したベースのピーター・セテラだった。
ステージはいたって地味。気になったのは例の「Chicago」のロゴマークがない・・・。
それとブラスの連中にははねっ帰りようのPAモニターがない・・・。
長年のチームワークで必要ないのかな?

オープニングの曲はMake Me Smile、「僕らに微笑を」だ。もう懐かしさで一杯。もう彼らと一緒に歌ってしまった。
いたいた、トロンボーンのジェイムス・パンコウ。さすがに白髪頭、若く見えるのはキーボードのロバート・ラム。オリジナルメンバーはこの二人にサックスのウォルター・パラザイダーとトランペットのリー・ローナンのみ。
でもシカゴの生命線であるブラスセクションは往年のソリを聴かせた。

「サタディ・イン・ザ・パーク」「いったい現実を把握しているものはいるだろうか」「ビギニングス」「アイム・ア・マン」「素直になれなくて」・・・と続き、アンコールは「フリー」と「長い夜」。
もう最高でした。

これを書きながら「HAPPY Chicago」というページを見つけました。
まだまだ全国には「往年のシカゴ」ファンがいるんですね。
興味のある方はどうぞ。
  http://www.geocities.co.jp/MusicHall/3795/

シカゴ・・・また日本に来てください。
 
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2002年11月27日(水)、アース・ウィンド&ファイアー ジャパン・ツアー2002

かつてから楽しみでした。アースのコンサート。
今回は病み上がりのモーリス・ホワイト以下フルメンバーの来日ステージでした。
昨今のクラブでのディスコ・ミュージック復活の折り、会場の殆どは若い方が多く、時代を感じさせない雰囲気でオープニングです。
ですがリハーサルに時間がかかったという主催者側の説明でしたが、開演時間は予定より1時間10分遅れ・・・。従って最終電車の都合で最後の1曲を聞かずに会場を後にしたのは残念でした。
その会場・・・、はじめて行きました。東京国際フォーラムAです。
収容人員は5000人。とても大きなホールです。

本日の同行者はドラムスの四方田さん。田中さんと言う和楽器奏者をお連れでしたが、この方は当日券で入場されました。

さてその演奏ですが・・・、とにかく最初の音からとてつもなく大きな音・・・。ディスコ・ミュージックらしくバスドラとベースの音が凄い。生まれてこの方こんな大きな音のコンサートは初めてでした。
さてさて肝心のモーリス・ホワイト。やっぱり病み上がりの影響は少なくなく、メインのボーカルは控えめだったし、メンバーの気遣いがわかりました。でもやっぱり「お帰り!、モーリス」です。

演奏はヒット曲のオンパレード。四方田さんも感激していましたが2拍4拍の「ため」が凄くいい。スローな曲では如実です。
アースはやっぱりアース・・・感激した夜でした。
 
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2002年11月9日(土)、ありがとう山木さんジャズ・コンサート

この日は我がバンドの音楽監督、山木幸三郎先生の関係したバンドによるコンサートである。
当バンドからは宮坂団長、まっちゃん、宮尾くん、そして私がお祝いに駆けつけた。
演奏会場は日本教育会館一ツ橋ホールである。私にとっては学生時代の記憶にあるホールであった。

さてトップは法政大学ニュー・オレンジ・スイング・オーケストラ。
サンディ・スイングなんて、山木先生の初期作品を演っていました。少々荒削りなところが学生バンドの魅力でした。

続いて法政大学ニュー・オレンジ・スイング・オーケストラのOB・OGの混成バンド。
我が大先輩の森田さんをはじめロープもいる。
よって出だしの音からして現役バンドよりも「大きく」「ジャズって」いた。
打ち上げで現役の顧問堀上先生もおっしゃっていたが、ここが現役との差でしょう。
それにしても混成とは思えないくらい、パワフルな演奏でした。

3番目は松下通信工業のカウント・セイノウ・オーケストラ。
社会人バンドの老舗です。
Aトレインでは山木先生も一緒に・・・。楽しいステージでした。
「弁財天」という和風の曲では、琴と尺八が加わった。
後でお聞きしましたら、このお二人も松下の社員だとか。びっくりしました。

そして最後は3バンド全員混成+海上自衛隊東京音楽隊の6人が加わった、「ビッグ・オーケストラ」。
でも練習をかなりされたらしく、音楽性・バランスともに素晴らしかった。

その後行われた打ち上げでは、ステージにのったメンバーに加えて観客として詰め掛けた法政大学ニュー・オレンジ・スイング・オーケストラのOB諸氏が・・・・。
私もOBの端くれとして楽しく、懐かしい一夜でした。
まさしく山木先生を中心とした「山木さんつながり」に感謝申し上げます。
 
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2002年10月10日(木)、ウィントン・マルサリス&リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラ

2回目のマルサリスです。
でも今回はちょっと違った趣向です。2部では新日本フィルハーモニー交響楽団との共演でした。今回の来日で唯一の共演です。
さてこのマルサリスのバンド、前回公演時のレポートにも書きましたが、バンドのメンバー全てがとにかくエリントン・ミュージックを崇拝しているということで、そのプレイのあちらこちらにその姿が見え隠れします。
ワウワウ・ミュートのプレイなんかはその象徴です。

それからこの公演があった「すみだトリフォニー・ホール」ですが、JR錦糸町の北に位置したすばらしいホールでした。ステージ正面にはパイプオルガン、そしてステージと客席の段差は約20センチほど。
まさしくクラシックのホールです。
もちろんここは新日本フィルの練習場、兼定期コンサートのホールなのです。

さてその肝心の演奏ですが・・・、まずびっくりしたのはドラムスのハーリン・リレイ。彼の叩くアフロのリズムはリズミカルでかつ、曲によってパターンが全て異なる。「音程がある」スネアショットに驚きました。

そしていよいよ2部の新日本フィルとの共演。もちろんエリントン・ミュージック。

 @ アフロ・ボッサ
 A ブルース・イン・ブループリント
 B ハッピー・ゴー・ラッキー・ローカル
 C ア・トーン・パラレル・ハーレム

最初の3曲はマルサリスの新日本フィルとの共演用にアレンジしたもので、4曲目の「ア・トーン・パラレル・ハーレム」はエリントンが当時、クラシックのオーケストラと共演することを前提に書いた曲だそうです。
とにもかくもエリントン⇒マルサリスの才能には脱帽する限りです。

当日の新日本フィルの指揮者、井上道義氏。
テレビでもそうですが、とてもユニークな方でした。
ステージでは、「一度これをしてみたかった・・・」と言いながらソリストのコール・・・。
ですよね。クラシックではやりませんね。

充実な夜でした。そうそう、同行者はベースのまっちゃんでした。
 
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2002年6月14日(金)、マンハッタン・ジャズ・オーケストラ

デビッド・マシューズ率いるマンハッタン・ジャズ・オーケストラ(以下MJO)の長野公演は、2000年に続いてのものです。会場は長野県民文化会館中ホール。HBJOからは、村橋、宮尾、久遠、山崎が行きました。
当日は金曜日、HBJOの定期練習日なのですが、研修であるとしたバンマスの公認付きの鑑賞です。

さてMJOのメンバーは前回とほぼ同じでしたが、惜しむのはトロンボーンのジム・ピューとバス・トロのデビッド・テイラーがいなかったこと。
ジャズライフ誌などの来日メンバー表には二人の名前が載っていたのに・・・。残念でした。
ああ、ジム・ピューのタンギングが聴きたかった。

それからこのメンバーでの来日公演はこの長野が皮切りのようで、一部アンサンブルに「ヤバイ」ところが有りましたが、それはデビッド・マシューズの流暢な(!?)日本語MCで充分相殺されていました。

演奏されたナンバーは、

 <前半>
  @ Get It On
  A 25 or 6 to 4
  B Take Five
  C Four
  D Scabolo Fair
  E Some Skunk Funk
 <後半>
  @ Sing Sing Sing
  A Don’t Mean A Thing If It Ain’t Got That Swing
  B (George Benson's Number)
  C I Feel Good
 <アンコール>
    トッカータとフーガ

アルトのクリス・ハンター、ラッパのルー・ソロフ、皆さん元気でした。
中でも一番よかったのは「Four」でのリード・ラッパのソロ。「韻」「コード」ぴったしのすばらしいソロでした。
MJO、またいつか長野公演があるのでしょうか?
楽しみにしましょう。
 
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2002年5月16日、東急ワールドミュージック・スペシャル「Jazz Alive」

東急グループの企画によるこのコンサート、一般にはチケットを販売していないので公演の数週間前まで全く知りませんでした。何かのきっかけでこのコンサートを知り、しかも出演が山下洋輔ビッグ・バンドと言うことを聞き、チケット欲しさに「ながの東急」まで電話をしたりHPを見たり・・・。
結果は・・・東急友の会会員限定の抽選によるチケット配布とのこと。半ばあきらめの時にHBJOの森山からメールが飛び込みました。
「4枚当たっているけど、子供たちが行かないので2枚残ります」
ラッキー!!⇒HBJO宮尾と聴きに行きました。

会場は長野県民文化会館。
HBJOのメンバーでは、飯田、西沢、山田、中川、そしてGroovyの内山氏などが行っていました。
さて開演前、渡されたプログラムを見て???
それはバンドのメンバーです。

 山下洋輔(ピアノ)、道下和彦(ギター)、水谷浩章(ベース)、高橋信之介(ドラムス)、原朋直(トランペット)
 エリック宮城(トランペット)、佐々木史郎(トランペット)、松本治(アレンジ、トロンポーン)
 中川英二郎(トロンボーン)、池田篤(アルト・サックス)、佐藤達哉(テナー・サックス)、
 竹内直(テナー・サックス)、小池修(バリトン・サックス)
 ゲスト;akiko(ボーカル)、TOKU(ボーカル、フリューゲル・ホーン)

なんまあ、現代日本のジャズの人気・実力ともに最高位のメンバーなのです。
「ほんとにこのメンバーかいな???」
疑いは幕開けの曲で吹っ飛びました。
エリックが、中川英二郎が・・・・ステージに「居ました」。
興奮のうちに演奏が続きます。

 <前半>
  @ First Blidge
  A Royal Garden Blues
  B When the Saints Go Marchin' In
  C The World is Waiting for the Sunrise
  D In the Mood
  E Moonlight Serenade
  F Swing Medley (Take the "A" Train / I'm Beginning to See the Light / One O'clock Jump)
 <後半>
  @ A Night In Tunisia
  A Tenor Maddness
  B It Could Happen to You
  C Night and Day
  D Piano solo
  E Dr.KANZO

 <アンコール>
    Don’t Mean A Thing If It Ain’t Got That Swing

いやはや、中川英二郎さんは・・・やっぱり凄い、うまい!!
以前よりだいぶお痩せになりましたね。
エリック・・・さすがにいい音をしていました。できれば「キングギドラ」を持ってきて吹いてほしかった(!?)
テナーの竹内さん、ノー・ブレスのソロは圧巻でした。びっくりしました。
アレンジを担当した松本さん、いいアレンジでした。
そして御大の山下さん、さすがに「音が綺麗」です。

このコンサート、無料にしてはもったいないくらい、いいコンサートでした。
東急様、来年も企画しますか?
でしたら是非一般にもチケットを販売してください。お願いします。
 
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2002年4月25日(木)、フィリップ・ベイリー with アース・ウィンド&ファイアー at 長野市民会館

今日もちょっとジャズとは畑違い(!?)のコンサートです。
アース・ウィンド&ファイアーと言えば、約20数年前の言わば「我が青春時代」のバンドです。ブラス・セクションを加えたその作品は、当時の音楽シーンを代表するものであり、かつこのバンドのサウンドを目指す若者が多く、現に私もその一人でした。当時のディスコ・ブームに乗ったスーパー・バンドでした。

最近ではドラマのエンディング・テーマに往年のヒット曲「September」が採用されていこともあり、そのせいか観客はどちらかと言うと若い方々が多いようでした。
そうそうこの「September」、今年の東京ドームの巨人主催試合でも聞かれますね。

さてコンサートはと言うと、若者が多いだけに案の定(!?)オープニングの曲から『スタンディング・オベーション』でした。
我々年寄りには「いやいや、大変なコンサートに来てしまったな」と嘆いたのですが、それはその時だけで、なんのなんのバックのミュージシャンがとても上手なので思わずコーフンしてしまいました。
バックバンドは、ギター、キーボード、ドラムス、ベース、パーカッション、サクソフォンの6人で、ここにフィリップ・ベイリーとコーラスが男女1人ずつ加わります。
そしてやっぱりアメリカ・・・すばらしい演奏でした。

曲目のほうは、前述の「September」「宇宙のファンタジー」「Shining Star」「Let's Groove」の往年のアース・ウィンド&ファイアーのヒット曲も演奏されました。
そしてフィリップ・ベイリーの最近のアルバムから数曲・・・ナット・キング・コールの「Nature Boy」なんかも演りました。
昨年のアース・ウィンド&ファイアーの来日では、オリジナルメンバーがいたのですが、今回はなし。そしてブラス・セクションもなし。
ですから往年のヒット曲は、違ったアレンジで『聞かせて』くれました。

それにしてももう50歳は超えているのではないかと思われるフィリップ・ベイリー、ちょっと太目だけとファルセットの歌声は健在でした。

長野市民会館は全席で1800人収容可能なのに、この日の来場者数は多く見ても900人ほど。
さぞかし呼び屋さんは赤字だったでしょう。
ですが翌日の甲府はチケットが完売とか。
この日は長野の音楽文化を嘆いた1日でもありました。
 
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2002年3月27日(水)、林英哲コンサート2002「澪の蓮(みおのはす)」 at 長野県県民文化会館大ホール

今回は生まれて初めての邦楽コンサートです。
ですがこの邦楽、今や数々の若手ミュージシャンが台頭しております。
一昔前、NHKのFMで「邦楽の時間」とか言う番組がありましたが、現代の彼らの音楽は邦楽でありジャズであり・・・すばらしい音楽です。
最近の邦楽をご存知でなかった方は一度聴いてみて下さい。林英哲氏に至ってはDVDなんかも発売されていますので映像でも楽しめます。

実はこのコンサートの林英哲氏については、私自身、和太鼓奏者ということは知ってはいたのですが、初めて実際にその演奏を聴いてみてその奥深い音楽性に驚愕しかつ共鳴しました。
ちなみに林英哲氏のオフィシャル・ページはこちらです。一度訪問してみてください。

そして今回のこの「澪の蓮」公演に共演したのは、三味線の木下伸一氏、尺八の土井啓輔氏、そして若手4人の英哲風雲の会でした。
三味線の木下伸一氏はご存知津軽三味線の名手です。
津軽三味線と言えば古くは高橋竹山、そして現代では吉田兄弟や新田親子等。
中でも木下氏の奏する「エレキ三味線」は、英哲氏の太鼓のみならず現代の音楽全てと共演するために開発されたと聞いています。
ここで木下伸一氏の公式ページもご紹介しておきましょう。

そして尺八の土井啓輔氏のページも・・・。
この方の尺八はまさしく「こぶし」のあるジャズ・フルートでした。

かくして以上の日本を代表する邦楽家たちによる「澪の蓮」コンサートは、県民文化会館大ホールを満席にして開演しました。
「澪の蓮」とは、戦前に当時わが国の植民地であった朝鮮半島に渡り、そして林業試験場職員として多くの実績を積み上げ、昭和6年に40歳で急逝し、当時の朝鮮の人々に敬愛された浅川巧氏をモチーフとした組曲である。
作曲は林、木下、土井氏のそれぞれがあたっている。

曲を聴くと・・・アドリブあり、4バース・2バースありのまさしくジャズの奏法です。
林英哲氏は、黙々と・・・それこそ黙々と5分を超えるソロをとる。
だが我々聴衆者は、彼の肩に光る汗を気にもせずに彼の世界で陶酔した。

公演終了後、「今は邦楽が熱い!!」と思った私は、会場内のCD販売コーナーでCDを購入していた。
 
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2001年10月23日(火)、カウント・ベイシー・オーケストラ at 渋谷オーチャード・ホール

グローバー・ミッチェル率いるカウント・ベイシー・オーケストラは、2000年の斑尾ジャズ・フェスティバルに続いての来日である。その時にその演奏を聴き感涙にむせんだ私は、宮尾君と共に我が愛車を駆って渋谷まで行ってきました。
なぜ車で行ったのか・・・ですって? それは終演の時間によっては新幹線の最終に間に合わない(哀)からなんです。
そして今回の演奏会場の渋谷オーチャード・ホールは、2000年3/10のウィントン・マルサリス with リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラ公演以来の訪問です。

長野をお昼過ぎに出発した我々は、公演の始まる2時間前には渋谷の街中に・・・。
渋谷の交通渋滞の一方通行に閉口しつつ何とか東急の地下駐車場に車を乗り入れた我々は、まずはヤマハ楽器渋谷店へ。
珍しいパーカッションを物色している私を尻目に、宮尾君はビッグバンドの楽譜コーナーへ。
買い物を終えると、さてさて腹ごしらえへ。
「そうだ! 以前山木先生に連れて行ってもらった台湾料理の店に行こう」と意見が一致した我々は、記憶を辿りに店を探した。
なんでも宮尾君も以前に山木先生に連れてこられた事があり、その後に東京出張の折りわざわざ再訪したことがあるとか・・・。

その店の名前は「台湾料理 麗郷」である。
道玄坂の小路に位置している。
さてさてビールを飲みながら当日食したものは・・・腸詰、チャーハン、ビーフン、等等。
やっぱり・・・「まいう〜(うまい)」でした。

さて満腹な私たちは演奏会場に・・・。
座席は舞台を左から見る、前から十数番目の列。
リズム隊の真ん前である。
今回はリーダー格のグローバー・ミッチェルが急病のため来日せず、かわってリーダーを務めたのはフィーチャリング・ゲストのブッチ・マイルス(ドラムス)であった。

そしてオープニング。
なんと「Shiny Stockings」!!
続いて「The Heat's On」!!!!!
我々の後ろの席・・・多分学生バンドを数年前に卒業したと思われる3人連れ・・・のお客さんから悲鳴(!?)があがる。
「おーい頼みます。ヒット曲は後に回してくれぇぇ」
彼らの気持ちがよくわかります。
もうオープニングからエンジン全開なんですから・・・。

バンドのステージ・セッティングは、やっぱりセンターマイクだけの「PAなし」であった。
ブッチ・マイルスがスティックで叩くハイ・ハットの音色が、生の音独特のメローな音色を象徴していました。

ところで、斑尾では来日していた作・編曲も務めるトランペットのロバート・オジェダが、今回のメンバーとして来日していないのは残念でしたが、どうしてどうして、それにも増してテナーのケニー・ヒングじいさんは健在でした。

前半ステージは男性ボーカルの「My One And Only Love」などを挟みながら、「Way Out Basie」や「Basie」と続きます。
そしてなんと前半11曲目(!!)の最後は「One O'clok Jump」でした。
それにしてもタフな人たちです。
それと譜面なんか見てやしないし、それぞれのショーマン・シップがすばらしい。
やっぱりアメリカ人ですね。
圧巻はベースのジェイムス・レアリーですね。
この方、譜面を載せた譜面台はいつも本人の後ろ。
譜面なんか見てやしない。
そしてベースを弾きながらピアノのトニー・サッグスに『ニヤニヤ』、ブッチ・マイルスの『突然の』クラッシュ・シンバルに『おどけて』見せる。なんとも「ひょうきん」。
そしてソロのときはベースを『弾きながら』センターマイク付近まで出てくる。(笑)
ソロが終われ当然ベースを『弾きながら』定位置に戻る。
なんともまあ凄い人です。
しかしどうやって「弾きながら」ベースを持ち上げているのでしょうか???

そして休憩時間。
ステージでは、前述のケニー・ヒングじいさんがただ一人ミネラル・ウォーターを飲みながらお客さんと談笑しています。
私は、「それチャンス」と宮尾君の購入した当日のパンフを手にサインをねだりにステージ際まで押しかけました。
するとケニー・ヒングじいさんは微笑みながらサインをし、暖かい手で握手してくれました。
もう「感激!!!」の一言です。

後半のステージはまたまた11曲。(しっかしタフですね)
「Sweet Georgia Brown」などのヒット曲が次々と演奏されました。
そして途中でボーカルが3曲。
ボーカリストのジェイミー・デイビスがこれがまたいい。
中でも甘い低音での「You Are Too Beautiful」は圧巻でした。

後半最後の曲はまたまた「One O'clok Jump」でした。
総じて今夜のステージでは、この曲のようにブルースが多く選曲されていました。

そして演奏後、会場の万来の拍手に押されてのアンコールは2曲。
「Jumpin' At Woodside」と「April In Paris」。
最初の「Jumpin' At Woodside」では、メンバーがステージに姿を見せるやそのまま定位置には座らず、思い思いの場所に立ったままのアンサンブルが始まりました。
これにはびっくりでした。
なぜなら、バンド・スタイルで定位置に座ってアンサンブルしているときと全くサウンドが変わらないからです。
定位置でのサウンドが「そのまま」ステージ一杯に広がっているのです。
そして・・・おいおい・・・ベースのジェイミー・デイビスがピアノを弾き始めました。
代わってピアノのトニー・サッグスはベースを弾いている。
もう無茶苦茶に最高!!・・・・。
そしてこの雰囲気のまま「April In Paris」へ。
エンディングでは客席から『One More Time!!』の大コール。
ラッパ隊さま、お疲れ様です。

こうして大興奮のままこの日の公演は終了しました。
帰り際、会場の廊下で背後から女性に声をかけられました。
「先ほどケニー・ヒングからサインを貰っていましたよね。いいなぁ」
返した言葉は「すんません。俺たちはもう20年以上ベイシーの『追っかけ』をやってますんで・・・。」

我々は興奮を引きずって一路長野への帰宅の途についた。
 
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今日は、2000年、6/18長野市民会館にて行われた「マンハッタン・ジャズ・オーケストラ」公演についてレポートします。
暫くお付き合いの程を・・・・・・

会場に入り席に着いて驚いたのは、PA(Public Adress…音響拡声機)がないことでした。もちろんソロ用のセンターマイクもありません。照明は通常の様子でした。

コンサートは、リーダー兼アレンジャーのデビッド・マシューズの流暢な(?!)日本語で進行していきます。Play Bachから始まりブラスロックと1部は進行していきました。
メンバーの中に、私の大学時代のアイドルの一人、ビル・ワトラスという白人のトロンボーンが1stを吹いていました。彼は吹く際には、上と下の歯を噛み合わせたまま吹きます。よって驚異的な高音を使っての細かいパッセージをコントロールできるのです。ですが大きい音は出ません。彼のソロの際、ベースとタイコが一段階ボリュームを落として気遣っているのがわかりました。

あと、クリス・ハンター(A.Sax)。なんせ音がでかいし太い。後ろでホーンがバリバリなっていたって彼の音は聞こえる。(マイクなしだよー…念のため) あのパワーはアメリカのミュージシャンの典型でした。

次にバストロンボーンのデビッド・テイラー。パワフルだしテクニックもある。ビッグバンドのバストロンボーンの見本です。

そして70歳の2ndトランペット、ジョー・シェプリー。老いてなお健在です。

最後に御大、ルー・ソロフ。実は私、生で拝聴するのは今回が初めてでしたが、おじいちゃんのような風貌からは似つかない基本がしっかりとしたテクニックで綺麗な音を響かせていました。

全体的には、デビッド・マシューズの音楽を理解しているニューヨークのミュージシャン達だけあって無難な演奏でした。近年に発売されたCDから選曲されていたことからもうなずけます。でもせっかくのジャパン・ツアー。多少の新曲もあっても良かったのでは…と思います。
また、ギターやピアノのソロがないので、(Cジャムブルースに乗ってメンバー紹介の時のマシューズのピアノソロとセンチメンタル・ムードの同じくマシューズのピアノ・ソロ1コーラスだけ)殆どがホーンのソロだけでは些か食傷気味になったのは私だけでしょうか。

松本のソーナイス(大学の我が後輩太田君たち)、岡谷エイト・サーティー、諏訪の宮田さん、東部町の貢木さんやら、長野市市民吹奏楽団の面々、そして我がホット・ブリザードの連中(成田、宮尾、籾内、小野、大塚)・・・皆さん来場していました。でも全体の7割くらいの入場者で主催者の信濃毎日新聞社さんは頭を抱えているかもしれませんが(?!)、年に一度くらいはこういうコンサートもいいもんです。

今年の斑尾には、前回の来日で不評だった(!?)カウント・ベイシー楽団がきます。見に行きたいけど・・・残念、連盟のコンサートです。また機会があるでしょう。

http://www.madarao.co.jp/jazz/index.html

そうそう、ニューヨークからのMJOと入れ替わりにニューハードがニューヨークに行っています。山木さんは「『振袖』なんか日本調の曲を演るよ」って言ってました。土産話を期待しましょう。

それでは皆々様、暑くもなってきました。健康に気をつけて頑張りましょう。(^0_0^)
ごきげんよう。
 
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2000年、3/10(Fri)、ウィントン・マルサリス with リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラの日本公演にいってきました。

相方は、山木さんでした。
公演会場は渋谷文化村のオーチャード・ホールです。

いやぁ、しかし久しぶりの渋谷です。
長野新幹線を大宮で下車し、初めて乗る埼京線で渋谷まで...

午後4時、ハチ公前に降り立つと、いきなり...いたいた、ガングロねえちゃん。
厚底靴にふてー足出した34cmのミニスカート姿。
真っ黒の顔に妙な化粧。
通称ヤマンバ娘とかいうのはあいつらか!

おおっと、アブねえ。ぶつかりそうになるじゃないか。
例のキックボードとかいうやつ。

ああ、109の壁面には石原裕次郎の大ポスター。
しかし足なげ−。
21世紀の裕次郎を探せー。

何だこの人だかりは?
これが「マツキヨ」ことマツモトキヨシの店でした。

ヤマハ渋谷店を覗いてからはあっちへブラブラ。
何故かラブホテル街に...。

演奏会の前に、渋谷名物の回転寿司に入って腹ごしらえ。
なんと、ネタが新鮮。そしてでかい!!
ウワサどおりでした。

午後6時、開場となり山木さんを会場の入り口で待つ。
宮間さんに会った。
ニューハードのテナー、川村さんも来てた。ヒゲをはやしたんですねぇ。
トロンボーンの角田さんも見かけた。

5時に新宿での仕事を追えて駆けつけた山木さん。
「今日のチケット、よく手にはいったねえ。今月末にハリー・コニックJr.のコンサートがあるんだけどこれも売り切れちゃったらしいよ」
・・・すみません。ハリー・コニックJr.なんて知りませんでした。
「歌えばシナトラ、ピアノもギターも一流。でもなんと言ってもビッグ・バンドのアレンジがとてもいいんだよ。なんともいえないくらい...。今度聴いてみな。」

さっそく、ぴあに予約しました。
3/31の東京国際フォーラムのS席を予約しました。
チケット取れましたよ。山木さん。

ついでに「come by me」とかいうCDも買ってみます。
31歳の新進気鋭の白人だそうです。
皆様もどお?

「6月にニューハードのニューヨーク行きが決まったよ」

「3/25にニューハードのコンサートを演るよ」
・・・なんともお忙しそうです。
でもとにかく、ニューヨーク公演の決定、おめでとうございます。

3/25の件は以下に...


                 記


BIG BAND JAZZ LIVE  take9
      
               宮間利之とニューハード


日      3/25(土)
開演     PM7:00
司会     児山紀芳
チケット   指定席4,300円
        自由席3,800円
前売り    東京労音R'sアートコート  рO3−3204−9933
        ニューハード音楽事務所   рO3−3403−0565
        チケットぴあ        рO3−5237−9999
ところ    R'sアートコート(JR新大久保駅下車徒歩6分)

さていよいよ、マルサリスの登場。
バンドはギター・レスでトロンボーンが3管の合計15人編成。

1曲目からマルサリスのプランジャー・ミュートが冴える。
総じて皆音が綺麗で、でかい!!
PAを通さなくても充分聞こえる。
なぜこんなことわかるかというと、全員ソロをとるんだよね。
これがみんなうまい!!

前半のステージは、15人座ったままでも、実際吹いているのは9人か10人。
9ピース、10ピースっていうOLDスタイル。

後半は、いよいよビッグ・バンドのスタイルに...
中でも「ビッグ・トレイン」という曲がよかった。
早いテンポの曲でのサックス4人による、そしてマルサリスと2番ラッパによるバトル。
なんともスリリング!!
「ビッグ・トレイン」は最後、だんだんとデミネンド。
聴衆の耳をひきつけておいて...静寂の中で...最後はマルサリスの「ファー」という唾抜きの音。...機関車の蒸気の音である。
この感銘は、フレディ・グリーンのギター以来でした。

早いテンポの曲ではサックス4人による、そしてマルサリスと2番ラッパによるバトル。
なんともスリリング!!
しかしなんでマルサリスっていうのは、ああいう細かい音譜を吹いても一つ一つの音がはっきりしているのかなぁ。
結構タンギングしているのかなぁ。

アンコールは2曲。
クラリネット、ボントロ、マルサリスとリズム隊による「サッチモ」。
なんともいかしてた。
もう一曲は、モンク。
久しぶりに見に行ったコンサートで、久しぶりにスタンディング・オベーションしてしまいました。

時計を見ると午後9時15分。
長野新幹線下りの最終にはまにあいません。
渋谷のビジネス・ホテルは満室だったので、東京駅に近いホテルを予約した後、山木さんと酒を飲むことにした。

「最近NHKの仕事がないから、あんまり渋谷へはこないんだよなぁ。」
といいつつ、台湾料理の何とかというお店に。
混んでました。
山木さんはこの店の先代かぁちゃんと40数年来の付き合いとか。
渋谷はまだ野原だったそうです。
そういえば、山木さんは確かこのあたりのお生まれでしたっけ?

ここの料理は、うんめーーーーーーーーー。
腸詰、野菜炒め、焼きそばを頼んだけど、どれもしつこくなく味が異なる。
また、行きたい店です。

なにはともあれ、本3/11、午前7時東京発の新幹線で帰ってきました。
歩き疲れましたが、日々ただ忙しいだけの私にとってつかの間のカルチャー・ショックでした。

今月末のハリー・コニックJr.のコンサートが楽しみです。
 
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